「ダウン症の大学生」に希望をもらったわけですが。

たまたまその記事を読んでいる時に次男の次男がそばにいて、私の「すごいね~!、大学生だって」への反応が以下の会話です。
少し離れたところで長男も会話を聞いていました。

私 「すごいね~!、大学生だって。」  
次男 「ダウン症は無理でしょ~!」
私 「えっ、…。なんで?」
次男 「だって障がい児だし。」
私 「いや、だから、この方はダウン症でもちゃんと大学行けたって話なんだよ。」
次男 「○○(長男)は無理だね。」
私 「いやいや、○○だって…。」(このあたり、聞こえている筈の長男を気にしての言葉。)

いやはや 気付いていなかった問題点発見。

次男が、いつの間にか大人びた、というか、冷めた?捉え方をしていたことにびっくりです。
それと同時にちょっと見下すというか「できない人」的な感覚も。

ついちょっと前まで、次男は「ダウン症」や「障がい児」という言葉は知っていても、そういう見方(「××することは無理」というような)をしていなかったのに…。

日々の生活で、次男にはできても長男には難しいこと、「できなくても仕方ないこと」は多々あります。
一緒に遊んでいても次男が説明したり、教えたり、犠牲になったり、譲ったり、は日常茶飯事です。
今ではよほどひどい喧嘩にならない限り、ふたりの間で行われるそういったことに私が介入することもありません。
ふたりの間で解決しています。
その生活の蓄積で、次男なりに、その現実を受け止めてくれていたわけです。

「障がい児のきょうだい」という現実。

息子の著しい成長が嬉しい反面…。

「障がい児」を見下すような発言に内心あわててしまいました。

いや、次男は決して「見下して」言っているわけではないのかも。
もっと素直な感覚かもしれません。

むしろ私がそういう感覚を持っているからそう感じるのかな。
また、そういう表現を日常生活でしているのかもしれない…。

…と、日頃の言葉遣いや行動を突きつけられたような気がして、ちょっと考えさせられました。


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