きょうだいの気持ちー保護者セミナーから
この3月で、チックに対するプレイセラピーも小児科の治療もひとまず終了した次男。
チックに対する現時点での取り組みはひと段落しましたが、その根本原因はやはり家庭環境。
「きょうだい児」
であることに由来する以上、彼が抱えている問題から完全に解き放たれることは不可能です。
ただ、少しでも次男が我が家に生まれてきたことを否定的にとらえることの無いように育ってほしいと思っています。
障がい児のきょうだいの心理について、私がとても神経質になる一つの理由は、長男が幼児期に通っていた療育施設での保護者向けセミナーの体験が影響しています。
以前のブログに書いた気もするのですが、ちょっと見当たらないのでもう一度。
もう数年前のことなので、記憶がかなりあいまいになっていますが、それはきょうだい会の方をお呼びしての講演会でした。
4・5人の「きょうだい」、即ち当事者の方がいらして、それぞれの体験談、思いをお話ししてくださいました。
一番年配と思しき男性の方は、40代だったと思います。
その方の妹さんは重度の障害をお持ちだそうです。
そして、お話の内容は、
「長男として母親にいつも頼られてきた。」
「いつも、自分の気持ちを抑えて『しっかりした兄』を演じてきた。」
「自分が辛く思っていること、気持ちをわかって欲しかった。」
「(親に)自分のことも妹と同じくらいに見て欲しかった。」
「その思いは大人になった今でも消えることは無い。
だが、(自分が)いまだにこんなに苦しんでいることを親は気付いていない。」
というようなことでした。
大の大人の男性が、子どもの時の感情そのままで訴える言葉は胸に突き刺さり、また40歳を過ぎても消えずに抱えているその傷の深さに衝撃を覚えました。
また、弟さんが障害を持っている女性の方は。
「弟と違う学校に行かされた。」
「何で違うところに行かされるのかわからず疎外感を感じた。」
「また、親から『(弟のことを)よろしく』といわれ、とても重荷だった。」
「中学の時、それまで弟と違う学校だったので誰も弟のことを知らない為、改めて弟が障がい児であることを言えずに辛かった。」
別の方は、
「親に『あなたはあなたの人生を歩みなさい』、『(障がいを持った)兄弟の面倒を見なくていいから』と言われ、自分は役に立たないのかと悲しかった。」
と仰っていました。
「面倒を見てくれ」と言われても、「面倒を見なくて良い」と言われてもきょうだい児にとっては傷つく言葉だということに障がい児ときょうだい児を育てる難しさを感じました。
それぞれの方のご兄弟の障がいは様々で、身体障害の方もいればダウン症の方もいました。
「今では(障がいのある)兄弟が好き」と仰る方もいる一方で、今も「親に対する気持ちは複雑」だとも仰っていました。
それぞれ大人になって、頭ではそれぞれの家庭環境や親の大変さを理解していても、子どものころに感じた「親への自分への愛情を求める気持ち」は、消そうと思っても消えない傷となっていることが伝わってきました。
涙ながらに語られる、親への恨みに近い言葉は、そのままその場に居合わせた保護者が、未来の自分の子どもから直接訴えられているようで、聞いている保護者の方も涙する方が私を含めていっぱいいました。
そのセミナーの主旨は、きょうだい児の気持ちを理解するということが目的です。
話してくださったきょうだいの方々は、普段は表に出さない感情を敢えて私たちに向けて披露してくれたものでした。
その分インパクトがあり、何年もたった今でも次男と何か感情の齟齬がある度に、あの時のあの壇上に立って話してくださった方々が次男の様な気がしてあわててしまうのです。
とはいっても。
日常の生活では、ついつい次男に理不尽な思いをさせてしまっている訳で・・・。
取りあえず、次男の様子を見てその都度対応しつつ今に至る・・・という感じです。
明日からは、チックになった次男の経緯を以前のブログから再録していきたいと思っています。
