スネイリーママの子育て いきつもどりつ

ダウン症持ち長男と年子の次男。毎日の育児のドタバタから運営する福祉グッズショップ「スネイリーズ」のことなど
子ども達が小さかった頃のブログも統一しました

***イベント出展情報***
現在出展予定はありません。

こんにちは。

今日は告知を二つ。


『おうちのくらしのーと』がNHKで放映

一般社団法人ヨコハマプロジェクト(プロデュース みじか☆しゅう)で週2回リリースしている『おうちのくらしのーと』が明日(5月21)のNHK「おはよう日本」(7:45~8:00)で紹介されます。

『おうちのくらしのーと』は、コロナ禍による社会の変化に対して情報から取り残されがちな、子どもなどコミュニケーションに配慮が必要な方のためのツールです。
note_vol13
  (2020/5/19配信分)


首都圏での放映ですが、他の地域の場合、NHK+ならリアルタイムで見られるようです。(あとからの場合はIDが必要) また、オンデマンドならいつでも見られるそうです。

どのように紹介されるか現段階では分からないのですが、明日朝は、ビデオをセットして待機するつもりです

緊急の事件事故が発生すると延期になってしまう可能性があるのですが、よろしかったらご覧になってくださいね。



『チャーミングケアモール』が読売新聞に掲載されます
スクリーンショット (13)


病児・障害児が笑顔になれるグッズが見つかるショッピングモール『チャーミングケアモール』
明日の読売新聞 朝刊 くらし面(関西版)に掲載されるそうです。

チャーミングケアモールには、スネイリーズも出店しています。
関西にお住まいの方で、読売新聞をご購読の方は紙面をチェックしてみてください
ね。

チャーミングケアモール 

*スネイリーズのお求めは上のSHOPタブがおすすめです

こんにちは。

2003年生まれの長男、先月ついに17歳になりました。


17歳‼  

17歳⁈



いや、もう結構な大人です。
年齢的には。

そして
本人の自意識も…。



そう。これ、正直な話、私の中では常に揺れている意外と厄介な部分です。


【自立心を育てる】

20160801_111357

自分で考えられる子になってほしい。

そう思って育ててきました。

本人が決めたことを言葉で伝えてきたことに関しては、納得いく理由ならば叶うようにしてきました。
もちろん全て明瞭に話せるわけではないので、選択肢を出したり、前後の流れから推量したりして引き出したりもしましたが。


その結果、本人の「やりたいこと。」
意外としっかりしています。

それはとりもなおさず、「やりたくないことは やらない」にも通じます。


今は、思春期ってこともあり、親の指図にはまず「ヤダ」「ウルセー」または、無視。


6月からの登校開始に向けて、学校から自宅学習のためのスケジュール表や課題の案内がメールで通知されました。
一日のおうちで過ごす時間割付きです。
これが、目下のところ私の悩み。

「ニートになる!」といっている長男にとって、この二ヶ月半はまさしく悠々自適のニート生活!
いずれ学校が始まることは理解していても、今、まだこの時間は学校のことは考えたくない長男。

昨日、学校から課題が出たことをそれとなく伝えてみましたが完全無視。

今日は、一日の予定表の記入については盛り上げるために一緒にお喋りしながら。
横で見ていると嫌がる漢字プリントはそっと置いて「やっておいてね。」
運動系のYouTubeは、本人は椅子に座って「俺は見るだけ~」

学校から帰ると自主的に宿題をしてから遊んでいた、小学校時代が嘘のような現在の姿です。


どこで忘れてきちゃったんだろうなぁ。


【自律心を育てるということ】
311217

本来、人が「人として自立する」という意味には、「自律」つまり自分で自分を律する力も備わって初めて自立といえます。

とはいえ、知的障がいで自立、自律を求めること自体が間違っているのかもしれませんが。

「自律」とたいそうな言い方をしなくても、やらなくてはならないことはやる、ということ。
例えば、今なら感染予防のためにも手を洗うとか、そういうこともある意味「自律心」。

と、思っているのですが、念のため自律心で検索したら…あれれ?

大辞林 第三版によると
他からの支配や助力を受けず、自分の行動を自分の立てた規律に従って正しく規制すること。 「学問の-性」
② 〘哲〙 〔ドイツ Autonomie〕 カント倫理学の中心概念。自己の欲望や他者の命令に依存せず、自らの意志で客観的な道徳法則を立ててこれに従うこと。
▽⇔ 他律 〔同音語の「自立」は他の助けや支配なしに一人で物事を行うことであるが、それに対して「自律」は自分の立てた規律に従って自らの行いを規制することをいう〕
コトバンクより)


別のビジネス系サイトを見たら、自律している人とは

  自分を持っている人
  自分らしさを失わない人
  芯の通った人
  ブレない人
  曲がらない人
  自分で決める人

  嘘をつかない人
と。


大辞林はまだしも、ビジネス的には寧ろできてる…?

できてないのは私の方じゃん⁈


おりしも今日はIKKAのZoomでオンラインサロンで今週末開催の講演会の題目「Work as Life」についてお話。
つまり、仕事とプライベートを分離するのではなく、寝ている時間以外は全て仕事であり趣味である、という考え方(オンラインサロンの説明から引用)


え?

これって。

やっぱり長男の生き方そのもの?


う~ん。

これからの世界。
考え方を変える必要があるのは私の方なのかも。


どういう人生を送るか。
どのように考えて生きるか。

何も考えずに、思考停止で枠にはまって生きていける時代は終わる時代。


ある意味、一番自然にこれからの社会に適合できそうな長男だけど、障がい者を取り巻く社会がそうなってくれると私の不安も解消されるんだけれどなぁ。
なんとなく、障がい者を取り巻く環境って一周遅れな気がして…。

と、今日はぼんやりとした不安と、近々始まる登校前の不安に揺らいだ私でした。

こんにちは。

月曜日ですね。
でもまだ首都圏は自粛生活継続中。
月曜日、という実感が正直ないですね。



【巷で話題のZoom会議を開催してみました】
名称未設定のデザイン

週末は、土曜日も日曜日も午前と午後、各一回ずつzoom会議がありました。
Zoom、大はやりですね。


土曜日は、私が立ち上げた地元の団体の会議です。
会の目的は、地元での知的障がい者の就労や思春期の特有の悩みなどの情報共有の場です。
福祉の情報って待っているだけでは、必要な、そして新しい情報ってなかなか入って来ないですよね。
なので、私が参加している他の団体からの情報や地元のママとも情報を有機的にシェアすできるようにしたいと思い立ち上げました。

土曜日は今年度最初の定例会だったわけなのですが、あいにくコロナの影響で集まることはできず。そこでZoomでの顔合わせにしました。

Zoom会議は何度も参加していますが、自分が主催者側になるのは実は今回が2回目。
まだ緊張感が抜けません
ただ、自分でミーティングルームを立ち上げて会員を招待するのは思いのほか簡単でした
スクリーンショット (9)

会員の参加できる時間帯を考えて、午前の部と午後の部で設定。
今回初めてZoomを使う方が殆どなので、入りやすい方の時間にゆる~く入ってもらうことにしました。

午前中の会に参加してくれたメンバーが、申し合わせたように長男と中学時代同じクラスだったメンバー。
途中からそれぞれの子どもたちも顔を出し、久しぶりの再会になりました。
みんな同じ中学出身ですが、住まいのある地域では住所によって学区が違い、二つの特別支援学校に分かれてしまうのです。
なので、別々の学校に進学した子どもたちの再会の場になり、親子共々楽しい時間になりました
それぞれが家にいながら、お互いに顔を見て話をする…イマドキの子どもたちです


【Zoomの便利さを実感】
日曜日は、私が参加している一般社団法人のミーティングが二回。

午前中はヨコハマプロジェクトの、午後はIKKAのミーティングでした。

ヨコハマプロジェクトでは、例年4月の連休に「ツナガリウォーク」といって横浜山下公園でウォークイベントを開催しています。
でも今年は、残念ながら延期。
現在9月27日を予定していますが、完全にコロナが終息することは困難なことを見越し、ツナガリウォークならぬ「ツナガリウィーク」といった趣向で皆さまとつながる計画を立てています。

近々もう少し詳しい情報がリリースできますので、そうしたらこちらでもシェアさせていただきます。

*ヨコハマプロジェクトプロデュースの「みぢか☆しゅう」として配信している『おうちのくらしのーと
先週から文部科学省のウェブサイトに掲載されています。
コミュニケーションに難しさがある方・子どものためのコミュニケーションツールとして使っていただけます。
くらしのーとNo1-1

おうちのくらしのーと バックナンバーはこちらからご覧になれます。


午後から(というより夜)は、IKKAのオンラインサロンのミーティング。
ところが。
繋がっているのに、音声が聞こえない。
いやいや、そのうち画像も静止画に。
当初私だけかと思いきや、ほぼ全員が同じ症状。
みんなで、出たり入ったり、新たなルームを立ち上げてみたり。

結局、Zoom側の障害らしい、ということになりzoomミーティングは延期に。
その後、IKKAメンバーのみで試しにGoogle Meetを試してみました。(14日間無料トライアル)

結果として、メンバーミーティングはそのままMeetを利用して11時半くらいまで継続しました。


【今回のトラブルでわかったこと】
画像はZoomの方がきれい。(時間制限*はあるものの、無料プランがあるのもうれしいです。)
画面表示など使い方もZoomの方が使い勝手が良い模様。
だからこそ、昨今のオンラインミーティングで使われるのでしょうし、その結果として障害が発生するのでしょう。
*:コロナ禍へのサポートとして、現在時間制限は解除されています。


IKKAでは、来る24日に我らがアドバイザー成澤俊輔氏のオンライン講演会を控えています。
万一、Zoomがつながらなかった場合の第二、第三の対応策を考えることにしました。
結果として、昨日の障害はリスクマネジメントに役立ったといえなくもありません。

一般社団法人IKKAでは、オンラインサロンの会員や賛助会員を募集しています。
気になる方は、IKKAのホームページまたは、直接オンラインコミュニティページをご覧になってください。


今日は、Zoom会議にことよせて、私の携わっている団体の活動のご紹介もさせていただきました。

こんにちは。

学校が休みになって久しいです。
長男の通う都立の特別支援学校では、つい先日、動画のリンクがHPに掲載され、子どもたちに取り組むようにとの連絡が入りました。
運動系のYouTube3本と、教科の課題と音読課題のリンクです。(児童生徒が本人のレベルで選べるように多岐にわたっています)
(長男は、ガン無視していますけど…


一方、次男が通う学校では休校が始まった直後から、TVCMでもおなじみの民間のお勉強アプリを利用して、毎日それぞれの科目の担当先生からその日取り組む課題を指示され、取り組んだ後は別の連絡アプリ経由で先生に提出という流れになっています。
更に、先日は担任による面談の機会が設けられ、希望者は生徒と先生のSkypeによる面談かチャットによる相談か選べたりもしていました。
次男は、チャットによる相談を選択し、日々ゲームの誘惑に負けて学習が遅れ気味、学力低下への不安などを相談したそうです。(「先生に優しく『大丈夫だよ』と言ってもらえた」、と安心してから報告しに来ました


と、まぁ、学校の違いの上に生徒の違い、そして本人キャラの違いで我が家は取り組み方に180度の開きがあるわけですが



先日の小論文の課題に関して、次男から「これでいいと思う?」と珍しく声掛けがありました。
先生に送信する前に持ってきた原稿用紙。
高校一年生でこの内容の文章を書くのか、と我が息子ながらちょっとびっくりしました。

というのも。

その内容が「出生前検査について」だったから。
FullSizeRender
FullSizeRender
(本人の許可を得て掲載)

【基本となる論文の内容】
出題の基本になっている論文の主旨は、「科学技術の発展によって遺伝情報の解明とそれに基づいた医学の発展」についての論考です。

遺伝子診断が可能になることにより、
1.疾病の発症可能性がわかるようになる
2.出産に際して疾病関連遺伝子の有無や、更にはそれ以前の婚姻に際しての配偶者の持つ遺伝子などの調査
3.生命保険はじめ各種疾病に関する保険の保険金支払いリスクと保険料との関係
などがわかるようになる。
これは、科学的知見の大きな飛躍である。

という内容で、これに対して上記3つの要素のうち一つを選んで反論を述べるというもの。

本文で一番文字数を使っているのが実は3番目の保険に関して。
つまり、遺伝子検査によって個人的な疾病の予測が立てば保険金を支払うリスクが明確になるので、結果的にリスクの低い人の保険料を下げることができるだろう、というもの。

ところが次男が反論を記述するために選んだのは、2の出生前診断について。

出生前診断については、昨今、検査をして何らかの異常が見つかった妊婦のおよそ9割が中絶を選ぶということ、そしてその「異常」の大部分が長男と同じダウン症など染色体異常ということもあり、家庭内ではこの検査については触れたことはありませんでした。

とてもセンシティブな問題ですものね。
まだ15,16歳の子どもとの話題になるとは考えてもみませんでした。


次男の書いた小論文が今回の学習課題として求められている目的(出題された論述形式に基づいて段落構成を考える)に合致しているかどうかは別として、改めて彼が書いた内容を要約すると。

人は目に見えないものに対しての認識力が低いから、実際に子供の姿を確認し、目と目を合わせるまで子供存在を認識できていない。そんな状態でこの診断を受ければ、不安を減らすためにも、子どものためと理由をつけて中絶を選んでしまうだろう。
だが中絶をするということは命を絶つ行為であることを忘れてはならない。子どもの(存在の)認識ができていないとこのこと(命を絶つこと)を忘れがちである。()内は筆者注。

という流れから、

従って、出生前診断の結果を発表する際に、必ず前向きになるような話題も入れるべきだと提唱したい。将来のことに心構えしつつも、いかに実際に子供と会いたいと思わせるかが肝要であると考える。(原文ママ)

と、結論付けていました。


【人間の認知力からの視点が面白い】
稚拙な部分もあるけれど(親バカ)、「母親の立場で考える出生前診断」とは視点が違っているのが発見でした。

今の出生前診断とは異なりますが次男を身ごもった時受けた羊水検査の時のとても複雑な気持ちを改めて思い出しました。
(その時の不安な気持ちが、次男の精神にも影響しているのではないかと気になっているところがあります)

それにしても、彼が反論の題材に2番目の出生前診断を選んだことに長男の存在が影響していることは確かです。
いろいろな思いがある一方で、客観的な見方もこういう問題を解きながら身に着けていくのですね。
いつの間にかしっかりしたものだ、と私にはちょっとした感動でした。

なにより、つい半年くらい前までは、長男のことを全否定していたのに障がいのある子どもの命も「大事な命」として認めてくれているのが親として嬉しかったです。

ということで、今日は高校1年生向け(?)の論文の題材の新規性と、きょうだい児としての次男の変化(成長)の驚きについてお届けしました~。

こんにちは。

3月から学校がお休みになった息子たち。
ふたりとも活動的なタイプではないので、まったりおうち時間を満喫しています。

で。

半年くらい前までは、長男のことを嫌がっていた次男ですが、知的成長と共に精神的にも成長したのか長男に対しても見方が変化してきた気がします。

例えば。

ここ数か月のことですが次男と私がゲームの話や、学習の話で盛り上がっていると、必ず長男が割って入ってきます。
この、長男が割って入れるようになったことも一つのトピックではあるのですが、それは今日は置いておいて。


次男が、そんな長男の姿を見て「自分が小さい時の気持ちを思い出した。」と。

「お母さんに見てほしくて、注意を向けてほしくていろいろやったのに、お母さんはいつもちゃんと聞いてくれなくて寂しかった。」と。

「今(の長男)は、きっとそういう気持ちなんだよ。お母さんに見てほしいんだよ。」と。

数か月前までならば、長男が割って入ってきたら苛立って揶揄したり茶化したり対抗していたのに。

その成長ぶりが頼もしく、嬉しいです。


それと同時に、多分、本人も忘れていた気持ちを、長男の姿を見て思い出したのでしょう。
今だからこそ、その時の気持ちを言語化できたわけで。
これがもう少し後になると、きっと「小さい時の気持ち」自体を忘れてしまうのかもしれません。


そう思って考えると、彼(次男)が「小さい頃の気持ち」を表現することの貴重さを感じます。

「小さい時、お母さんに僕だけを見て欲しかった。」こと。
「一生懸命考えて、お母さんに言ってもお母さんはちゃんときいてくれなかった。」こと。
「だから、今こんなにひねくれているんだ。」ということ。(まぁ、そう言語化できているので、母としては安心しているのだけれど)

子どもたちが小さい時。
毎日手いっぱいで、正直、かまってちゃんの次男がうっとうしく感じたことも多々ありました。
そのことは私の中では、今でも申し訳ない気持ちがあります。
次男が、今、あの頃の気持ちを口に出してくれたおかげで、私も当時の気持ちを思い出し、大事に思っていたけれど、上手に子育てできなかったことを言えました(詫びるというより言い訳に近いけど)
OldMobil029


きょうだい児の気持ち。
もう少しうまくまとめられたら、また書きたいと思います。

人気ブログランキング